その2(高度水処理関係・高電圧パルスパワー研究室)

研究の背景

 人口減少時代の下水処理インフラでは、現在普及している集合処理(下水道)から個別処理(浄化槽)へと転換する動きが拡がってゆくと思われます。下水道の普及率は人口の約8割に達しますが、下水管等の設備の維持には巨額の費用を要するため、人口減少により事業が困難になった自治体もあります。このため、山間部や農業地帯などでは、すでに下水道よりも設置費用が安い浄化槽の利用が推進されています。
 浄化槽では有機物の大部分を取り除くことができますが、「抗菌剤」や「医薬品の一部」など、一般家庭から出る化学物質であっても微生物が分解できないものは処理できません。それらの放流水は小さな水路や流量の少ない河川へ排出されることがあり、地域の生き物の多様性に与える影響に懸念があります。この問題に対して当研究室では次のような取り組みを行っています。


パルス沿面放電が微生物の酸素消費に及ぼす影響

概要

 水面に接した電極と水中の電極との間にパルス電圧を加えると水面の気体側で絶縁破壊が起こります。このとき高速電子、紫外光や、オゾン・OH ラジカルといった化学活性種や、さらに条件によっては高温や衝撃波も発生します。水中に微生物が存在すれば、これらの現象から直接的・間接的な影響を受けることになります。このことに関連して、殺菌や制菌といった、いわば微生物にとっての負の作用が医用工学や食品工業への応用上の期待から関心を集めてきました。
 本研究では絶縁破壊が副次的に微生物にもたらす作用の中でも正の側面に着目しています。微生物としては河川水などの自然環境中に生息している水生微生物群を対象としています。作用機序は次の二段階を想定しています。(1)水と空気の境界で沿面放電させることで化学活性種が発生すると、水中にわずかに存在している難分解性の有機化合物の一部が生分解可能な物質へと酸化分解される。(2)これを好気性の微生物が酸素を呼吸しながら栄養源として取り込んで微生物が増殖する、というものです。これを排水処理のプロセスと見れば、促進酸化法と生物処理の組み合わせに相当します。従来法の促進酸化ではオゾン発生器など様々な方法で活性種を発生し、有害な有機化合物を分解していますが、処理後の生物化学的酸素要求量 (BOD, Biochemical oxygen demand) が増加する場合があるので微生物を利用することで省エネルギーな処理を達成し得ると思われます。そこで本研究ではパルス放電の繰り返しにより水中で活性種を発生させる方式で、BOD 増、つまりは微生物が増加となる条件を見出し、利用出来る形にしたいと考えています。

実験方法

 パルス沿面放電の繰り返し周期 (<1ms) 内に電極付近の放電媒質が更新されるように回転電極式のリアクタを製作しました。これは活性種の拡散速度を向上させるために有効と考えています。数千 rpm で回転させると回転軸から大気が導入されてエアギャップに気液境界ができるので、これに接した高電圧電極で放電させることができます。回転方向は数秒毎に反転させています。


回転電極式リアクタ

 以下ではまず、水道水をばっ気したもの 3.5 L に難分解性のメチレンブルー色素を加え (濃度 10 mg/L)、POM 樹脂とステンレス電極製のリアクタを 7300 rpm で 2 分間回転し、SiC トランジスタ 16 個で発生させたピークパワー 0.8 MW、14 kV、230 ns、繰り返し周波数 1 kHz のパルスを加えた場合と加えなかった場合の比較を行いました。 検体は 15 分間攪拌して残留する酸化性物質の分解と還元性物質の反応を完了させ、微生物の生存に必須の無機塩類と緩衝液を含む希釈水で 2 倍に希釈したのち微生物を植種して、20 °Cの暗所で 5 日間の酸素消費量を測定しました。微生物の植種には久慈川榊橋地点で 72 時間以内に採取した河川水を用いました。

実験結果

 上に述べた実験条件による結果を表に示します。放電により BOD が増加していることが分かります。この測定値は希釈水に含まれる有機物や放電による絶縁材料 (POM) の損耗による有機物混入の影響を受けますが、 これらの影響 (BODで 〜0.3 mg/L 程度) を考慮しても BOD は有意に増加しています。
 このように、水中に難分解性有機物がある場合のパルス沿面放電による微生物の酸素消費量の変化を調べています。パルス電力を利用することでシンプルかつ電力消費の少ない排水処理法を目指して行きます。
(電気学会関東支部茨城支所研究発表会 (平成29年度)で発表・平成30年1月2日再構成)


放電の有無による生物化学的酸素要求量 (BOD) の比較


回転電極法によるパルスパワー排水処理

生物に有害な化学物質を、その発生源の近くで「微生物が分解しやすい物質」に改質する方法について検討しています。オゾンを超える酸化力を持つ化学活性種(Oラジカル、OHラジカル)の利用と、多くの活性種を処理水と反応させるための回転リアクタにより、高度な排水処理の大幅なコンパクト化と省電力化を目指しています。(浄化槽、農業集落排水処理施設や簡易排水施設等の排水への適用が考えられます)。
(電気学会関東支部茨城支所研究発表会 (平成28年度)で発表)

図:ビーカー(3リッター)での試運転:放電による発光(紫色)が面的に均一であり、一カ所に偏らないことから、この方式での大型化が可能であると考えられます。(8キロボルト、ピークパワー40キロワット級、平均電力250ワット(モータの動力を含む))

図:回転電極によるリアクタ:リアクタは次の3点すなわち「処理水が通過する部分に突起が無いこと」「活性種の原料となる空気が自然に供給されること」「動作電圧ができる限り低いこと 」を主眼として構造を決定しています。図のように円柱状のリアクタをモータで高速回転させると空気が軸上に設けた経路から水中電極のエアギャップに導入され、水の表面で沿面放電させます。この構造ではモータの「回転数」とパルス電源の「繰り返し周波数」の組み合わせが処理能力と効率に影響します。

図:回転リアクタの断面図:活性種を発生させる電極はリアクタ外周上の2カ所で処理水と接し、その部分に設けたエアギャップから空気が放出されます。パルス電圧が印加されると「処理水・空気」の境界に沿って活性種(Oラジカル、OHラジカル)が生じ、有害化学物質と反応します。

図:処理効率のグラフ(この例では青色のメチレンブルー色素(普通は酸化された状態で青色)の分子を酸化分解処理することで無色化する効率):効率は「活性種発生領域間の距離」で整理することが出来ます。

図:処理効率を決める「活性種発生領域間の距離」:(上)モータの回転が低速のときは活性種が発生する領域が互いに重なり合うため、活性種の濃度が高くなります。すると活性種が自己分解して消失する割合が増加し、効率が悪くなります。(下)モータを高速回転させれば、活性種の発生領域を互いに分離することができます。「高い能力」と「高い効率」の両方を実現するためには、パルス繰り返し周波数を上げて活性種発生に必要な十分な電力量を供給し、かつ、領域間距離を長くとれる回転数でモータを回転させることが重要となります。

水がきれいになる電子の流れ

(平成28年5月22日「こうがく祭」に出展した際の説明内容をまとめたものです)

水を川に「もどす」こと

 お風呂や洗濯、台所やトイレなどで流した水を排水といいます。排水はよごれた水です。トイレの排水とそれ以外を区別するときには、汚水(=トイレの排水)、雑排水(=トイレ以外の排水)ともいいます。これらの排水は、微生物にとって栄養になるものをたくさん含んでいて、排水をそのまま川に流すわけにはいきません。もし流したら微生物だらけになって、その微生物が呼吸するので水中の酸素が足りなくなってしまいます。そうしたら魚も生きられません。川に流す前に、微生物の栄養になるものを取り除いておくことが必要です。

よごれた水で活躍する微生物

 よごれた水を、魚が生きられる程度にきれいにするため、浄化槽を使います。人が多く住んでいる街では、家から出た排水を下水道で一か所に集めて、大きな浄化槽(下水処理場)で、きれいにしています。畜舎(豚などをたくさん飼っているところ)からも排水が出てきます。
 排水が浄化槽の中に入ると、そこで微生物たちが「有機物」など栄養になるものを食べて分解します。「有機物」は炭素を含む化合物で、ここでは微生物の栄養になるものと考えて下さい。微生物の働きによって、有機物の大部分は二酸化炭素と窒素に分解されて大気中に出てゆき、一部は新しい微生物の体になります。そうやって有機物が少なくなれば、川に流しても大丈夫な水になります。
 ところが、有機物でも微生物が食べにくい(分解しにくい)ものがあります。例えば、ヒトや動物のための医薬品の一部、紫外線吸収剤、人工香料などです。このような、微生物によって分解されにくい有機物(難分解性溶存有機物)は、水に溶けたまま、川や湖へ、流れて行くことになります。その中には、生き物に悪い影響があるのではないか、気になるものもあります。
 このように、汚れた水をきれいにする仕事の大部分は、微生物のはたらきに頼っていますが、限界もあるということになります。川の下流に住んでいる人たちは、上流から流れてきた水を浄水場できれいにして飲み水にしているので、もし水中に有害物質が多く含まれているとたいへんです。


下水処理場から川へ水を放流しているところ(那珂川・茨城県ひたちなか市)

おいしい飲み水のできるまで

 浄水場では、川からポンプで水を取ってきて、水の「にごり」を無くして飲み水をつくっています。
 その方法は、まず水に混ざっている大きなごみや砂を取り除いてから、薬品(凝集剤)を加え、細かい土の粒どうしをくっつけて大きな粒にして、沈めています。これで沈まなかったものは、きれいな砂の中を通すことによって取り除いています。最後に塩素を加えて、病気の元になる細菌を殺しています(消毒)。
 こうして、透き通っていて見た目のきれいな水ができますが、じつは水に溶けている有機物を取り除くのは得意ではありません。いちばん気になるのは、においの元になる有機物(ゲオスミン、2-メチルイソボルネオール)で、これは川の上流で藍藻(緑色をしていて、植物のように光合成で酸素を生み出す細菌の一種)が作り出しているもので、カビ臭いにおいがします。次に気になるのは、有機物の溶けている水に消毒用の塩素を入れることによってできる物質(消毒副生成物)のトリハロメタンで、発ガン性があると言われています。
 最近では「高度浄水処理」といって、水に溶けている有機物を取り除いている浄水場もあります。茨城県の水海道浄水場では、空気中の酸素からつくったオゾンという気体を使って、においの元になる有機物などを、微生物が分解しやすい物質に変化させて(部分酸化)、そのあとで微生物に分解させて、最後に活性炭に吸着させて取り除いています。このように苦労してきれいにした水は、とてもおいしいということです。
 高度浄水処理で使われているオゾンは、空気から作ることが出来ます。必要になるのは電力です。水が汚れているとオゾンも多く必要になるので、オゾンを多くつくるためには、それだけ多くの電力(エネルギー)を使います。やはり、川のよごれをできるだけ少なくすることが一番大切です。それと同時に、なるべく少ない電力で水をきれいにしたい、という考えがでてきます。このためには、オゾンを上手につくって上手に使う。この二点が大切になります。


川の水を取水しているところ(久慈川・茨城県日立市)

水がきれいになる電子の流れ

 ここで、「高電圧パルスパワー研究室」で実験している装置の仕組みについて紹介します。まず、この装置の心臓部(一番大切なところ)は、オゾンをつくるための電子が出てくる場所 (あるいはその反対に電子が入るところ) です。これを電極と呼んでいます。電極は二種類あり、先端がとがっているほうの電極にマイナス、とがっていない電極にプラスの電圧を加えます。「マイナスの電圧」とか「プラスの電圧」というのは、電子に加わる力の大きさや、向きを表すときに使う言葉です。
 このようにすると、電極のとがっている先のところにある電子が、プラスの電極の方向に向かって流れて進んでいきます。電子が進んでゆく途中には空気があるので、このなかの酸素の分子に電子が衝突することがあります。衝突したときに、分子が二つに分かれることがあります。これが別の酸素分子と結びついたものがオゾンです。同じようにして、酸素ラジカル、ヒドロキシルラジカル、と呼ばれる物質もオゾンと一緒にできます。これらはオゾンと同じように(あるいはオゾン以上に)有機物を化学変化(酸化)させるはたらきが強いものです。これらをまとめて「活性種」とよんでいます。オゾンは、静電気のにおい(冬など、空気が乾いているときにセーターを脱いだときのにおい)がするのですぐに分かります。しかし鼻やのどを痛めるので、長い時間、においをかいではいけません。
 このように、空気中に電子の流れをつくることで簡単に活性種をつくることが出来ます。ここで大切なのは電子の勢い(速さ)です。電子に十分な勢いがあれば、空気中の分子との衝突の結果、活性種ができますが、勢いが足りないとできません。電子の流れに勢いをつけるためには、飛んでいる電子に強い力が、ある程度の時間、働き続ける必要があります。電子にこのような強い力を加えるのが「高電圧」です。
 我々の研究のなかで、およそ1万5千ボルトの電圧によって、500万分の一秒という短い間に、電極から出てきた電子に勢いをつけてやるのが良いということが分かりました。また、この時間が長すぎるとかえって良くないということも分かってきました。このため、ほんの短いあいだ電圧を加えたら、そのあとすこし休む、というのを一秒間に2000回ぐらいの早さで繰り返します。
 我々の装置で一番工夫しているところは、活性種をつくるところと使うところが一緒になっているところです。活性種を「つくる」ための電極は、モーターによって水の中で回転する円柱に取り付けてあって、水中で円柱が一分間に何千回も回転することによって、電極も一緒に回転するようになっています。そうすると、電極と一緒に活性種を含んだ空気が水中で動くことになります。ここで活性種を「使う」ことになります。円柱の回転が速くなればなるほど、活性種は多くの水とふれあうことになります。発生させた活性種を、すばやくたくさんの水にふれさせてやれば、その水に溶けている有機物は、自然の微生物が分解しやすい物質に変化すると考えています。最終的には微生物の力を借りるわけです。このように、きれいにできる水の量を増やすための工夫を考えています。 
 この処理は、排水が浄化槽を通った後で、川に流れ込む前に行います。そうすれば、微生物が分解できなかった有機物をへらすことになります。つまり、水中の「難分解性溶存有機物」を減らすことになります。太陽光発電(ソーラー)でつくった電気で水をきれいにしながら、川の生き物と水辺の風景(生態系の多様性)も豊かにできると考えています。

(以上は平成28年5月22日に「こうがく祭」へ出展したときの説明をまとめたものです。平成30年1月2日修正)
 


  (久慈川・茨城県常陸大宮市)


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